(5)湖畔の夕暮れ《ヒッタイトの足跡を訪ねる旅―第1回》 (2003年8月の旅の記録) (5)湖畔の夕暮れ 密かにビールを求めつつ、気晴らしを兼ねて、町の中心に出掛けてみることにした。 車なら端から端まであっという間に駆け抜けてしまうほどの小さな町。 湖岸にある橋の袂に車を留め、散歩することにした。 橋の内側にはもう一つの橋、ベイシェヒルの名物の一つであるベイシェヒル橋が見えた。 長さ40.7m、幅6.35mのこの橋は、14本の円柱で支えられ、15のアーチを持つ石の二重橋で、古代ローマの水道橋のような趣を湛えている。橋といっても、上を車が通ったり、下を舟が航行したりする交通のための橋ではなく、湖面に接するアーチが閉ざされているところから察するに、湖に流れ込む水の量を調整する水門の役目を果たしているようだった。 湖岸は遊歩道が設けられ、広々とした公園になっていた。 土曜日の夕方とあって、湖畔をそぞろ歩く家族連れの姿を多く見かける。 公園の中にはあちらこちらにカフェが設けられているらしく、遠くからでも色鮮やかなパラソルが目に付いた。 「ビールあるかなあ」 なかなか諦められない夫がそうつぶやくと、私は可笑しさを堪えて答えた。 「コーラやアイスクリームの傘みたいだけど。やっぱりここにはないんじゃない?」 結局公園のカフェでもビールを見つけることのできなかった夫だが、夕食の時間が近付き、オーレトメン・エヴイへ戻る途中の道路沿いに、酒類専門の販売店があるのをようやく見つけ、2本嬉しそうに抱えて車に戻ってきた。すぐにお酒と分からないように新聞紙で巻かれ、黒いビニール袋に入れられていた。 オーレトメン・エヴィの駐車場に車を入れ、車を下りた私たちの目の前には美しい夕映えの景色が広がっていた。 沈み始めた太陽が空を薔薇色に染め、雲を透かして放射状に伸びる光線が金色の矢を放っているかのようだった。 しばしその場に立ち尽くし、日の沈むにつれて変化する色彩に目を奪われたところで、私たちはすぐに現実的な問題に引き戻された。 門のすぐ横にしつらえられた殺風景なテラスの椅子に、腰を下ろすか下ろさないかのうちにボーイがやってきて、夕食の注文を迫ったのだ。 ベイシェヒル湖では様々な種類の淡水魚が獲れると聞いていた。 最も代表的なものが鯉やスズキで、ここのレストランでもこの2種類が仕込れてあるそうだ。 今までトルコの鯉を食べたことがない私は、ちょうど良い機会だと、鯉を試してみることにした。 おおっぴらにビールを開けることのできない夫は、注文を済ませると痺れを切らしたように子供たちを連れてさっさと部屋に上がってしまい、テーブルにはノースリーブの私一人が残された。 夜風の吹きはじめたテラスは、涼しいを通り越し寒いほどで、さすがに長袖までは必要ないだろうとタカをくくっていた私は、アンタルヤとの気候の違いを身に沁みて感じていた。 ゆっくりとビールをあおっているだろう夫は、一向に姿を現さない。 夫がテラスに下りて来る頃には、すっかり身体が冷え切ってしまっていた私は、部屋に上がって半袖に着替えると、子供たちにもと上に一枚羽織らせた。 食事の準備がようやく整ったようだった。 つづく (6)鯉料理 |